お巡りさん

昔昔の話し。我が家は楽な暮らしでは無かった。
三玉のうどんを汁で伸ばし其れを家族七人で分け合って食べたり、しかもそのうどんさえ商店からツケで買ったもの。そんな暮らしが幼い時続いていた。母は苛立ち態度がキツくなる。
怒らないでよ。そのうどんだって私にお金を持たさず買いに行かせた癖に。一年生の時に心の奥で思ったものだ。私たち子どもに食べさせたくて苛立ってたのでは無い。母はわがままな性格で贅沢出来ないのが苛立ちの原因だ。
そんな事が続いていた春。
春休みとなっても教科書もまだ手元に無くて子供の私は不安になっていた。
それでもその年にも桜が咲いた。
父が都の公園に花見に行こうと言った。歩いても行ける大きな公園。郷土館がある。入館料が要るので遠足の時しか中を見る事が出来ない。そんな広い広い公園に桜がいっぱい。子供だから貧しくておにぎりしか無くても日頃の鬱憤を忘れウキウキしていた。
家族で座ったそばに男の人ばかりの団体が陣取って楽しそうにしてる。その時一人の人が私に声をかけて来た。春とは言え寒い。私はシャツにカーデガン、スカートで靴下も履いて無い。寒く見えたのだろう。
「お嬢ちゃん、こっちに来て一緒にどう?」痩せた優しそうなおじさんだ。見たら他の人は何となく強面。
躊躇してたら「旦那さん、一緒にどうですか?」人の良い父は誰にも愛想がいい。直ぐにその団体の中に我が家が取り込まれた。
愉快なおじさん達だ。
父がその痩せた人と話してる。其れをその方達の用意したご馳走を頂きながら私は聞いていた。
そしたら警察官さんの団体であるようだ。おにぎりだけのお花見がご馳走いっぱいの楽しい花見に変わった。みんな怖そうだけど優しかった。子供だから其れを楽しんだだけ。
今大人になってその時の事を思い出すと、その警察官さんの優しさが染みて来る。如何にも貧しそうな家族の花見、見るに忍びなかったのだろう。私のミステリー好きはそこから来ている。刑事さんも人、人情がある。だから私はトリックものは書かない。刑事の生活を通して事件と関わる、その事を書く。
そんな人と人の交流が今はしずらくなって何となく寂しい。そして家庭環境が今となっては恥ずかしく思い出されるが今でもその事を思い出すと心が温かい。桜を見るとあの痩せた警察官の姿が浮かぶ。初老の刑事であった様だ。 終わり